いわの美術では横浜絵の第一人者である歌川貞秀のお買取りをしております。写真のお品物は、歌川貞秀の『横浜土産初編』という作品で、骨董的価値の高いお品物です。
蔵の整理や実家の片付けなどで、このようなお品物が出てきましたら「いわの美術」にお問い合わせください。
時代:文化4年(1807)〜明治12年(1879)?没年没所は不明とされています。
江戸時代の絵師で歌川国貞の門人です。本名は橋本兼次郎、号は五雲亭・玉蘭・玉蘭斎・玉蘭主人・一玉斎・玉翁などです。
初めて歌川貞秀の作品が世に出たのは14歳の頃とされていて、天保6年(1835)の『傾白水滸伝』という当時のベストセラーで十三編の挿絵を担当したことで一流絵師の仲間入りを果たします。嘉永2年(1849)の絵師の人気番付では、歌川国芳、歌川広重、などど並び幕内という記録が残っています。その後1867年のパリ万博に出品した際には、歌川芳宗と共に浮世絵師の総代となっていて、最も高名な絵師として名を馳せました。
歌川貞秀は横浜についての作品を大変多く制作しています。
歌川貞秀の時代は横浜港開港前でしたので、横浜の絵と言えば「時局風刺」の合戦絵が多くありました。その中で彼は居留地風俗に興味を持ち、時代とメジャーな路線とは少し違う方向から横浜を描きました。横浜絵の絵師の中では最も探求的な一人であったとされています。
『御開港横浜大絵図』
『横浜開港見聞記』
美人画、芝居絵、団扇絵、武者絵、風景画を主に描いていて、他にも嘲本や艶本の挿絵も数多く手掛けていました。
また歌川貞秀は、地形に深い関心を持っていたため、地形を真上からみたような鳥瞰(ちょうかん)による作品(『東京歳盛記』など)を数多く製作しています。
骨董的価値の高い歌川貞秀の作品は、現在でも市場価値が高く高価買取が可能なお品物です。ご売却をお考えの方は、骨董品買取に強い「いわの美術」にご相談ください。無料で出張査定・買取または宅配買取を行っております。かんたん写真査定のサービスも合わせてご利用ください。
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